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最高裁判所第二小法廷 昭和60年(オ)933号 判決

主文

一  原判決中被上告人小林竹吉及び同砂田慎蔵に関する部分並びにその余の被上告人らについての上告人ら敗訴部分を破棄し、右各部分につき右被上告人らの控訴をいずれも棄却する。

二  別紙選定者目録(一)から同(一七)までに選定当事者として表示された各被上告人らは、それぞれ上告人出光興産株式会社に対し、各同目録記載の各選定者ら負担に係る同目録返還金額欄記載の各金員及びこれに対する昭和六〇年三月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  第一項に関する控訴費用及び上告費用は同項掲記の被上告人らの負担とし、前項の裁判に関する費用は同項掲記の被上告人らの負担とする。

理由

第一  上告人日本石油株式会社代理人各務勇、同鎌田久仁夫、上告人出光興産株式会社代理人梶原正雄、同梶原洋雄、上告人共同石油株式会社代理人吉田太郎、同塚本重頼、同堤淳一、同安田彪、上告人三菱石油株式会社代理人日沖憲郎、同田中慎介、同久野盈雄、同今井壮太、訴訟承継前の上告人丸善石油株式会社代理人佐野隆雄、同近藤良紹、同釜萢正孝、上告人大協石油株式会社(現商号コスモ石油株式会社)代理人樋口俊二、同相良有一郎、同鶴田岬、同高野康彦、上告人ゼネラル石油株式会社代理人馬場東作、同高津幸一、同高橋一郎、上告人昭和シェル石油株式会社代理人藤井正博、同梶谷玄、同梶谷剛、同田辺雅延、同岡正晶、上告人キグナス石油株式会社代理人井本台吉、同長野法夫、同宮島康弘、同熊谷俊紀、同富田純司、同布施謙吉、上告人九州石油株式会社代理人輿石睦、同松沢與市、同寺村温雄、上告人太陽石油株式会社代理人沢田隆義、同八木良夫、同梅沢良雄の上告理由についての判断

一  同上告理由第一点について

私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)の定める審判制度は、もともと公益保護の立場から同法違反の状態を是正することを主眼とするものであつて、違反行為による被害者の個人的利益の救済を図ることを目的とするものではなく、同法二五条が一定の独占禁止法違反行為につきいわゆる無過失損害賠償責任を定め、同法(昭和五二年法律第六三号による改正前のもの。以下同法の条文のうち右法律による改正のあるものは改正前の条文である。)二六条において右損害賠償の請求権は所定の審決が確定した後でなければ裁判上これを主張することができないと規定しているのは、これによつて個々の被害者の受けた損害の填補を容易ならしめることにより、審判において命ぜられる排除措置とあいまつて同法違反の行為に対する抑止的効果を挙げようとする目的に出た附随的制度にすぎないものと解すべきであるから、この方法によるのでなければ、同法違反の行為に基づく損害の賠償を求めることができないものということはできず、同法違反の行為によつて自己の法的利益を害された者は、当該行為が民法上の不法行為に該当する限り、これに対する審決の有無にかかわらず、別途、一般の例に従つて損害賠償の請求をすることを妨げられないものというべきである(最高裁昭和四三年(行ツ)第三号同四七年一一月一六日第一小法廷判決・民集二六巻九号一五七三頁参照)。

被上告人らは、上告人らの独占禁止法三条(二条六項)違反の行為(不当な取引制限)が民法七〇九条所定の要件を充たすものであることを主張し、上告人らに対し、これによつて被つたとする損害の賠償を求めて本訴を提起したものであるから、所論のような理由でこれを不適法とすべきものでないことは右の説示に照らし明らかというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

二  同第二点一ないし四について

所論は、独占禁止法三条違反の行為(不当な取引制限)の被害者として不法行為による損害賠償を請求できるのは、不当な取引制限をした事業者の直接の相手方に限られるとし、不当な取引制限をした事業者であるとされる上告人らの直接の相手方ではない被上告人らは原告適格を欠くという。しかしながら、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟においては、訴訟物たる当該損害賠償請求権を有すると主張している者である限り原告適格に欠けるところはないのであり、また、その者が主張する事実関係からは当該損害賠償請求権を有するものではないと解される場合であつても、その者の主張はその点において理由がないことになるために請求が棄却されるだけであつて、その訴えが原告適格を欠き不適法とされるものではない。

本訴において、被上告人らは、上告人らの前記独占禁止法違反行為によつて自己の権利を侵害され損害を被つたことを主張していること、すなわち、本訴における訴訟物である同法違反行為に基づく損害賠償請求権を有することを主張しているものであることは明らかであるから、右に説示したところに照らし、本訴における原告適格に欠けるところはないものというべきである。また、前記のような独占禁止法違反行為(不当な取引制限)を責任原因とする不法行為訴訟においては、その損害賠償請求をすることができる者を不当な取引制限をした事業者の直接の取引の相手方に限定して解釈すべき根拠はなく、一般の例と同様、同法違反行為と損害との間に相当因果関係の存在が肯定できる限り、事業者の直接の取引の相手方であると、直接の相手方と更に取引した者等の間接的な取引の相手方であるとを問わず、損害賠償を請求することができるものというべきであるから、本訴における被上告人らの主張をもつて、それ自体理由がないものということもできない。したがつて、右と同旨に帰する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

三  同第三点について

1  独占禁止法四八条は、公正取引委員会は、同法の規定に違反する行為があると認める場合において、審判手続を開始するに先立ち、まず、当該違反行為をしている者に対して右違反行為を排除するために適当な措置(以下「排除措置」という。)をとるべきことを勧告し、その者がこれを応諾したときは、審判手続を経ないで、勧告と同趣旨の排除措置を命ずる審決(以下「勧告審決」という。)をすることができるものとしている。この勧告審決の制度は、独占禁止法の目的を簡易迅速に実現するため、同法の規定に違反する行為をした者がその自由な意思によつて勧告どおりの排除措置をとることを応諾した場合には、あえて公正取引委員会が審判を開始し審判手続を経て独占禁止法違反行為の存在を認定する必要はないものとし、ただ、その応諾の履行を応諾者の自主的な履行に委ねることなく、審決がされた場合と同一の法的強制力によつてその履行を確保するために、直ちに審決の形式をもつて排除措置を命ずることとしたものであり、正規の審判手続を経てされる審判審決(同法五四条一項)が公正取引委員会の証拠による違反行為の存在の認定を要件とし、同意審決(同法五三条の三)が違反事実の存在についての被審人の自認を要件としているのに対し、勧告審決は、その名宛人の自由な意志に基づく勧告応諾の意思表示を専らその要件としている点にその法的特質を有するのである(最高裁昭和五〇年(行ツ)第一一二号同五三年四月四日第三小法廷判決・民集三二巻三号五一五頁参照)。

このように、勧告審決は、勧告の応諾を要件としてされるものであつて、独占禁止法違反行為の存在の認定を要件とするものではなく(公正取引委員会による違反行為の認定は勧告の要件にしかすぎない。)、したがつて、勧告審決によつて、右違反行為の存在が確定されるものではないのであるが、勧告の応諾は、違反行為の排除措置を採ることの応諾なのであるから、独占禁止法違反の行為を不法行為の責任原因とする損害賠償請求訴訟において、右違反行為の排除措置を命ずる勧告審決があつたことが立証された場合には、違反行為の存在について、いわゆる事実上の推定が働くこと自体は否定できないものというべきである(前記第三小法廷判決参照)。そして、勧告審決の審決書には、排除措置との関係において排除されるべき違反行為を明確にするとともに審決の一事不再理の効力との関係において事実を特定するために、同法五七条一項にいう審決書に示すべき公正取引委員会の認定した事実として、勧告に際し公正取引委員会が認めた事実(同法四八条一項)、すなわち、勧告書に記載された事実(公正取引委員会の審査及び審判に関する規則二〇条一項一号)を示さなければならないのであり(前記第三小法廷判決参照)、前記勧告審決の法的特質と右の勧告審決書において独占禁止法違反の事実が示される意義にかんがみると、勧告審決の存在が立証されたことに基づく前記の事実上の推定は、当該勧告審決書の主文と審決書に示された同法違反の事実を実質的に総合対照し、勧告審決の主文の排除措置と関連性を有しない違反行為を除き、主文において命じられた排除措置からみて論理的に排除措置がとられるべき関係にあると認められるすべての同法違反行為の存在についても働くことを否定することはできない。

しかし、勧告審決は勧告の応諾を要件とするものであつて、違反行為の存在の認定は要件とされていないものであることからみて、その有する事実上の推定の程度は、違反行為に関する公正取引委員会の証拠による事実認定を要件とする審判審決や被審人の違反行為事実の自認を要件とする同意審決に比して、相対的に低いものであり(前記第三小法廷判決、最高裁昭和五六年(行ツ)第一七八号昭和六二年七月二日第一小法廷判決・民集四一巻五号七八五頁参照)、また、勧告の応諾が、審判手続や審決後の訴訟等で争うことの時間的、経済的損失あるいは社会的影響に対する考慮等から、違反行為の存否とかかわりなく行われたことが窺われるときは、勧告審決が存在するとの事実のみに基づいて、その審決書に記載された独占禁止法違反行為が存在することを推認することは許されないものと解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、原審は、(一) 公正取引委員会は、昭和四九年二月五日、上告人ら石油元売一二社(当時)に対し、上告人らが共同して石油製品の販売価格(元売仕切価格)の引上げを決定しこれを実施したことは、独占禁止法二条六項の不当な取引制限に該当し、同法三条に違反するとして、上告人ら石油元売一二社が昭和四八年一一月上旬ころに行つた値上げ決定の破棄を求めるなどの勧告を行つたところ、上告人らがこれを応諾したので、昭和四九年二月二二日、これと同趣旨の勧告審決をした(以下「本件勧告審決」という。)、(二) 本件勧告審決書には、公正取引委員会が認定した事実として、上告人ら石油元売一二社は、(1) 昭和四七年一一月下旬ころ、いずれも昭和四七年一〇月価格比で、揮発油、ジェット燃料油各一〇〇〇円、ナフサ三〇〇円、灯油、軽油、A重油各五〇〇円、B重油四〇〇円、C重油一〇〇円(各一キロリットル当たり。以下同じ。)を目標にして、揮発油については昭和四八年一月一六日から、その余の石油製品については同年一月一日から販売価格を引き上げる旨の決定を、(2) 昭和四八年一月上旬ころ、いずれも昭和四七年一〇月価格比で、揮発油三〇〇〇円、ナフサ三〇〇円、ジェット燃料油、灯油、軽油、A重油各一〇〇〇円、B重油五〇〇円、C重油二〇〇円を目標にして、揮発油については昭和四八年二月一六日から、その余の石油製品については同年二月一日から販売価格を引き上げる旨の決定を、(3) 昭和四八年五月一四日、いずれも同年六月価格比で、灯油、軽油、A重油各一〇〇〇円、B重油三〇〇円を目標にして、同年七月一日から(その後検討の上、同年八月一日からに変更)販売価格を引き上げる旨の決定を、(4) 昭和四八年九月上旬ころ、いずれも同年六月価格比で、揮発油三〇〇〇円、ナフサ、民生用灯油各一〇〇〇円、工業用灯油、軽油、A重油各二〇〇〇円、B重油六〇〇円、C重油二〇〇円を目標にして、同年一〇月一日から(揮発油は同年一一月一日から)販売価格を引き上げる旨の決定(なお、同年一〇月上旬ころ、C重油の引上げ額を四〇〇円に改めた。)を、(5) 昭和四八年一一月上旬ころ、同年六月価格比で、揮発油一万円、ナフサ、ジェット燃料油各五〇〇〇円、工業用灯油、軽油、A重油各六〇〇〇円、B重油、C重油各三〇〇〇円を目標にして、同年一一月中旬から(揮発油は同年一二月一日から)販売価格を引上げる旨の決定を、それぞれした旨の記載がある(以上これらの決定を、以下「本件各協定」という。)、との事実を確定した上、所論指摘のような事由を根拠に、勧告審決がされたことをもつて、その余の審決との間には審決に至る過程の相違により推定の程度に強弱があるにしても、独占禁止法違反行為の存在につき事実上の推定を働かせることができ、また、審決書の記載から明らかに単なる事情として記載されたものを除き、審決書全体を通じて公正取引委員会が認定したものと認められる違反行為のすべてについて右事実上の推定が及ぶとの見解のもとに、上告人らに対し右のような本件勧告審決がされたことによつて、反証のない限り、右審決書に示されたように、上告人らが本件各協定の価格協定をしたものと事実上推定することができるものであり、右事実を否定する上告人らの主張に沿う証拠も右事実上の推定を動かすに足る反証とはならない、と判断した。

3  勧告審決の存在に基づく独占禁止法違反行為の存在についての事実上の推定及びその推定の及ぶ範囲については、前記1のように解すべきところ、本件において、前記2のとおり、本件勧告審決がされたことに基づいて上告人らによる本件各協定全部の存在について事実上の推定を及ぼすことができるとした原審の判断は、その根拠として、勧告審決もその実質に着目すれば他の審決と同様、公正取引委員会の認定した事実に基礎を置くものと解されること等を挙げている点において、その措辞必ずしも適切とはいい難いものがあるが、原審の確定した本件勧告審決書の主文と審決書に示された前記独占禁止法違反の事実を実質的に総合対照すると、本件各協定は、主文において命じられた排除措置からみてすべて論理的に排除措置がとられるべき関係にあるものということができるから、事実上の推定が働くとしたことは、その限りにおいて是認することができる。

しかしながら、記録によると、上告人らは、原審において、本件勧告審決の前提としての勧告の応諾がされた当時の石油業界をめぐる経済的社会的情勢を詳細に主張し、上告人ら石油元売一二社としては、決して独占禁止法違反行為を認めたために勧告を応諾したのではなく、右の情勢からみて勧告の応諾を拒否して審判・訴訟で争うのは石油業界の置かれた状況を悪化させることになつて得策ではなく、勧告を応諾したとしても同法違反行為を認めることにはならないから勧告を応諾したほうがよいという通産省当局による強力な慫慂があり、また、同法違反行為の存否を長い時間、多大の費用をかけて争うことによるデメリットを考慮し、その結果、勧告を応諾したものであることを主張し、かつ、これに沿う証拠を提出しているが、この証拠によれば、右主張事実、すなわち、上告人らのした勧告の応諾は、違反行為の存否とかかわりなく行われたことが窺われるから、前記1の説示に照らし、本件勧告審決が存在するとの事実のみに基づいて、審決書に記載された上告人ら石油元売一二社による本件各協定の締結という独占禁止法違反行為が存在することを推認することは許されないことになるものというべきである。しかるに、原審は右事情の存否につきなんら判断を加えることなく、前記のとおり事実上の推定を働かせて同法違反行為の存在を推認しているのであるから、この点において、原判決は、法令の解釈適用を誤り、ひいては理由不備の違法を犯したものというべきである。右の違法をいう論旨は理由があり、原判決中被上告人小林竹吉及び同砂田慎蔵に関する部分並びにその余の被上告人らについての上告人ら敗訴部分は、この点において破棄を免れないものというべきである。

四  同第九点について(勧告審決の存在のみによつて事実上の推定を働かせて本件各協定の存在を推認した原審の判断が是認できないことは、三に説示したとおりであるが、この論旨との関係では、本件各協定の存在の有無はひとまずおいて判断する。)

1  本件のような石油製品の最終消費者が、石油元売業者の違法な価格協定の実施により損害を被つたことを理由に石油元売業者に対してその賠償を求めるためには、次の事実を主張・立証しなければならないものと解される。

まず、(一) 価格協定に基づく石油製品の元売仕切価格の引上げが、その卸売価格への転嫁を経て、最終の消費段階における現実の小売価格の上昇をもたらしたという因果関係が存在していることが必要であり、このことは、被害者である最終消費者において主張・立証すべき責任があるものと解するのが相当である(前記昭和六二年七月二日第一小法廷判決参照)。

次に、(二) 元売業者の違法な価格協定の実施により商品の購入者が被る損害は、当該価格協定のため余儀なくされた支出分として把握されるから、本件のように、石油製品の最終消費者が石油元売業者に対し損害賠償を求めるには、当該価格協定が実施されなかつたとすれば、現実の小売価格(以下「現実購入価格」という。)よりも安い小売価格が形成されていたといえることが必要であり、このこともまた、被害者である最終消費者において主張・立証すべきものと解される。もつとも、この価格協定が実施されなかつたとすれば形成されていたであろう小売価格(以下「想定購入価格」という。)は、現実には存在しなかつた価格であり、これを直接に推計することに困難が伴うことは否定できないから、現実に存在した市場価格を手掛かりとしてこれを推計する方法が許されてよい。そして、一般的には、価格協定の実施当時から消費者が商品を購入する時点までの間に当該商品の小売価格形成の前提となる経済条件、市場構造その他の経済的要因等に変動がない限り、当該価格協定の実施直前の小売価格(以下「直前価格」という。)をもつて想定購入価格と推認するのが相当であるということができるが、協定の実施当時から消費者が商品を購入する時点までの間に小売価格の形成に影響を及ぼす顕著な経済的要因等の変動があるときは、もはや、右のような事実上の推定を働かせる前提を欠くことになるから、直前価格のみから想定購入価格を推認することは許されず、右直前価格のほか、当該商品の価格形成上の特性及び経済的変動の内容、程度その他の価格形成要因を総合検討してこれを推計しなければならないものというべきである(前記第一小法廷判決参照)。更に、想定購入価格の立証責任が最終消費者にあること前記のとおりである以上、直前価格がこれに相当すると主張する限り、その推認が妥当する前提要件たる事実、すなわち、協定の実施当時から消費者が商品を購入する時点までの間に小売価格の形成に影響を及ぼす経済的要因等にさしたる変動がないとの事実関係は、やはり、最終消費者において立証すべきことになり、かつ、その立証ができないときは、右推認は許されないから、他に、前記総合検討による推計の基礎資料となる当該商品の価格形成上の特性及び経済的変動の内容、程度その他の価格形成要因をも消費者において主張・立証すべきことになると解するのが相当である。

2  しかるに、原審は、右1(二)の想定購入価格を算定するに当たり、次のとおり判断した。販売競争の激しい石油業界では、仮に原価上昇等の値上がり要因があつたとしても石油元売会社の個別的な判断と努力によつては容易に値上げをなしえないのが実状であり、この実状にかんがみれば、価格変動(値上がり)要因があつたとしても、価格協定の締結がない場合には通常、価格協定直前の価格、すなわち、価格協定の影響を受ける直前の元売仕切価格、したがつてまた小売価格がそのまま継続するものと考えられるとし、元売段階あるいは流通段階に顕著な値上がり要因があり、価格協定の締結がない場合でも具体的な値上げ時期及び値上げ幅の割合をもつて価格の上昇が確実に予測されるごとき特段の事情のない限りは、価格協定直前の元売仕切価格をもつて想定元売仕切価格と、価格協定直前の小売価格をもつて想定購入価格と解するのが相当であるとした上、右特段の事情の存否につき、まず、元売段階につき、(1) 石油製品は精製による付加価値が低いところから、製品の総合原価に占める原油価格の割合が高く、したがつて、一般に原油価格の値上げがあれば石油製品価格の引上げの原因となることは明らかであり、現に、昭和四八年一月以降、いわゆるOPEC攻勢による原油CIF価格は上昇の一途をたどつていた、しかし、商品の価格は市場における競争のうちに形成されるものであるから、原価の値上がりがあつても直ちに商品価格の値上がりに結び付くものではないし、結果的には商品価格の値上げをもたらすものとしても、市場における商品の価格形成に至る過程は単純かつ一様ではないのみならず、石油製品は連産品であつて、個々の製品の原価はなく、コスト上昇の製品への転嫁額は各会社の価格政策によつて決定されるのであるから、仮に価格協定の締結なしに原価上昇を理由とする石油製品の値上げが現実に行われたとしても、白灯油(民生用灯油)を始めとする各製品の値上げの有無及びその時期、値上げ幅などを確定することはできない、(2) 昭和四八年初め頃から需要の軽質化が進んで次第に白灯油の需要が増加し、不需要期に入つた同年四月から同年九月までの灯油の販売量は、昭和四六、四七年の同期に比し飛躍的に増加している、一般に需要の増加は、供給量を一定とした場合、価格の上昇をもたらすものであるが、業界では昭和四八年四月から同年八月にかけて通産省の指導により灯油の増産が行われ、その間の生産量、在庫量とも前年、前々年に比しいずれもかなりの増加を示しており、灯油の供給量ないし供給可能量が需要量に比例して伸びているものということができるから、右の経済原則は文字通りには働かない、また、原油処理量を増加させたことにより灯油以外の他の石油製品の増産をもたらし、その備蓄費用の増大を招いたとか、より高価な軽質原油を輸入することにより灯油の増産を図つたとかの事実は認められない、(3) 昭和四八年秋以降四九年春にかけて、いわゆる狂乱物価と呼ばれる時期があり、この時期において一般消費生活物資が全般的に非常に値上がりしたことは公知の事実であり、これが原油価格の高騰をその主たる契機として生じた現象といわれていることから、当時元売段階に顕著な価格変動要因が存していたことは否めないが、この要因が、白灯油はじめ各石油製品の価格値上げの時期及び値上げ幅の割合につき具体的にどの程度の影響を及ぼしたかは明らかでない、(4) 通産省の設定した元売仕切価格についての指導上限価格は、当時の価格指導の基本方針とその指導の経緯に照らせば、業界の石油産品の値上げに際し、その定めた製品の値上げ幅につき十分検討を加えた上で相当として承認を与えたという性質のものではないから、右上限価格の設定をもつて、右にいう顕著な値上がり要因の存在と協定で定めた値上げ幅の相当性を示す証左とすることはできない、とし、次いで流通段階について、(5) 需要の軽質化傾向を原因とする白灯油の需要の増加の実態は工業用灯油に対する需要の増加に基づくもので、民生用灯油に対する需要の増加によるものではないから、流通(小売)段階における値上げを必然的にもたらす要因となるものではない、また、仕入価格の引上げも結局元売仕切価格の引上げに起因するものであり、元売仕切価格の引上げをもたらす経済的必然性の認められない以上、これも流通段階における価格変動要因とはならない、(6) 昭和四六年以降の消費者物価指数、卸売物価指数、名目賃金指数の逐年の上昇と小売段階における人件費の占める割合(およそ五〇パーセント)からみて、人件費の上昇は特に小売価格の上昇を直接もたらすものであるが、生協関係において人件費の上昇の有無程度を具体的に知ることはできないし、また、灯油販売業は、兼業副業が圧倒的に多く、諸物価の騰貴、人件費の上昇を灯油関係費のみに結び付けることはできないし、その影響の程度も定かでない、(7) アポロ月山から鶴岡生協に対する昭和四八年一〇月及び一一月の販売数量が前年同期に比較して著しく増加しているが、同年度下期と前年度下期とでは販売数量そのものが激増しているのであるから、右販売数量の増加をもつて仮需要の発生ということはできないし、一般取引の関係で仮需要の発生が認められるとしても、その販売価格に対する具体的な影響の有無程度を確定できない、(8) 昭和四八年一一月二八日に通産省は家庭用灯油の小売価格につき三八〇円(一八リットル当たり、店頭渡、容器代別)の指導上限価格を設定した、この価格設定は通産省において全石商、全石協等関係筋の意見を徴してされたものであるが、結局現状を追認した上での価格指導であつて、価格協定の存在しない場合の小売価格を示唆するものではない、とそれぞれ説示して、元売段階、小売段階における値上がり要因とされる右事由は、いずれも前記の具体性をもつて確実に予測される特段の事情たりえない、と判断し、鶴岡生協の組合員として同生協から白灯油を購入した被上告人ら(被上告人佐藤日出夫(ただし、別紙選定者目録(一)整理番号251ないし274の選定者に係る部分)、同本間宏子及び同砂田慎蔵を除くその余の被上告人ら)の請求に関し、昭和四八年一〇月二一日以降の登録制による購入分についての想定購入価格は、協定直前の小売価格である二八〇円(一八リットル当たり。以下同じ)であり、同年一〇月二〇日までの現金供給分についての想定購入価格は、同じく三二〇円(前同)である、と推認し、一般小売店等から購入した被上告人佐藤日出夫(ただし、別紙選定者目録(一)整理番号251ないし274の選定者に係る部分)、同本間宏子及び同砂田慎蔵の請求に関し、昭和四八年一月以降の想定購入価格は、二八〇円を超えない、と推認した。

3  しかしながら、直前価格をもつて想定購入価格と推認することができる場合については前記1(二)のとおりに解するのが相当であるから、右の点に関する原審の判断を是認できないことは明らかである。のみならず、原審が指摘する前記2の(1)ないし(8)のうち、事実の評価に関する部分には、直ちにそのように判断してよいか問題の部分があるばかりでなく、原審も、(1)の原油価格の顕著な上昇の継続、(2)の白灯油の需要の飛躍的な増加、(3)のいわゆる狂乱物価の時期における一般消費生活物資の顕著な値上がり、(4)及び(8)の通産省の元売仕切価格についてされた指導上限価格の設定、(5)の流通段階における仕入価格の上昇、(6)の流通段階における人件費の上昇の各事実については、その存在を肯定しているのであり、また、原審は、通産省が昭和四六年四月のいわゆる一〇セント負担の行政指導以来物価対策及び民生対策上の見地から特に白灯油への価格転嫁による一般消費者への影響を考慮し、強力な価格抑制政策をとつていたこと、すなわち、同年一〇月各元売会社に対し各社の白灯油元売仕切り価格を同年冬は値上げせず、同年二、三月の平均価格以下とするよう指導したこと、業界が昭和四七年一月のオペック第四次値上げに伴う原油の値上がりに対処するため通産省に対し一〇セント負担の解除を前提として石油製品値上げの意向を伝えたところ、通産省の担当官は、はじめ一〇セント負担の解除の要請を拒否したが、結局は一キロリットル当たり平均約三〇〇円の値上げとする油種別値上げ案を了承したこと、また通産省の担当官は、昭和四八年七月ころ同年八月一日を実施期日とする業界の値上げ案につき了承を与えたが、同月三日その了承した値上げ案のうち一般家庭用に使用される白灯油についてはその値上げ幅を七〇〇円ないし八〇〇円に減らして欲しい旨申し入れ、これに応じない業界との間にしばらく応酬があつたが、結局同年一〇月以降は、同年九月末の時点の価格で据え置く価格凍結指導を行うに至つたこと、このように、通産省の白灯油に対する価格指導は、上限価格を設定し、その範囲内での価格の変動を認めるという内容のものであつたことを認定しているのであるから、以上の各事実を合わせ考慮すれば、本件各協定の実施当時から被上告人らが白灯油を購入したと主張している時点までの間に、民生用灯油の元売段階における経済条件、市場構造等にかなりの変動があつたものといわなければならない(原審も、元売段階に顕著な価格変動要因があつたことは否めないとして、これを認めている。)。そうすると、直前価格をもつて想定購入価格と推認するに足りる前提要件を欠くものというべきであるから、直前価格をもつて想定購入価格と推認した原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法が判決に影響することは明らかであり、したがつて、論旨は理由があり、この点について原判決は破棄を免れない。そして、原審は、白灯油の原価を基準としてその価格を推計する方法については、石油製品がいわゆる連産品であつて、石油製品全体の価格はあつても製品別の原価はなく、かつ製品別の原価を算定する方法はないと認定しているのであり、また各協定に影響を受けない元売会社の同種製品から想定購入価格を推計する方法については、当時わが国内において右協定の影響を受けない製品価格の存在を認めることができないと認定しているから、このような推計方法もいずれも不可能であることが明らかであり、更に記録にあらわれた本件訴訟の経過に照らすと、被上告人らは、本件訴訟において、直前価格を想定購入価格として損害の額の算定をすべきであつて、その方法以外には、損害の額の算定は不可能であると一貫して主張し、1(二)で説示した前記推計の基礎資料とするに足りる民生用灯油の価格形成上の特性及び経済的変動の内容、程度等の価格形成要因(ことに各協定が行われなかつた場合の想定元売価格の形成要因)についても、何ら立証されていないのであるから、本件各協定が実施されなかつたならば現実の小売価格よりも安い小売価格が形成されていたとは認められないというほかなく(なお、前記昭和六二年七月二日第一小法廷判決参照)、結局、被上告人らの請求は、この点において理由がなく(原判決は前記三に説示した違法によつても破棄を免れないが、この破棄理由によるまでもなく)、右請求を棄却した第一審判決は、結論として正当というべきである。

五  以上の理由によれば、原判決中被上告人小林竹吉及び同砂田慎蔵に関する部分並びにその余の被上告人らについての上告人ら敗訴部分を破棄し、右各部分につき右被上告人らの控訴をいずれも棄却すべきである。

第二  上告人出光興産株式会社の民訴法一九八条二項の規定による裁判を求める申立についての判断

同上告人は、本判決添付の別紙申立のとおり、別紙選定者目録(一)から同(一七)までに選定当事者として表示された各被上告人らに対し、民訴法一九八条二項の裁判を求める申立をした。同上告人がその理由として陳述した同申立記載の事実関係は、同被上告人らにおいて明らかに争わないところであり、原判決中同上告人の敗訴部分が破棄を免れないことは前記説示のとおりである。

したがつて、以上の事実関係によれば、右各被上告人らは、同上告人に対し、右各被上告人らをそれぞれ選定当事者として選定した同各目録記載の各選定者が負担すべき金員として、右各選定者において原判決の仮執行宣言に基づいて給付を受けた金員及び同上告人が負担を余儀なくされた執行費用の合計額(その内訳は、別紙計算書その一及びその二の該当欄記載のとおりである。その合計額を同各目録の返還金額欄に記載した。)及びこれに対する右取立完了の日の翌日である昭和六〇年三月三〇日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきであるから、右各被上告人らに対し、それぞれその支払を求める同上告人の申立は正当として認容すべきである。

第三  結論

よつて、前記第一記載の各上告人ら代理人の上告理由のうちその余の論旨及び上告人太陽石油株式会社代理人沢田隆義、同八木良夫、同梅沢良雄が別途提出した上告理由に係る論旨に関する判断を省略し、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、一九八条二項、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官島谷六郎の補足意見、裁判官香川保一の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官島谷六郎の補足意見は、次のとおりである。

本件訴訟は、石油元売業者の価格協定の実施により、石油製品の購入者が損害を被つたとして、民法七〇九条による損害の賠償を求めるものであるが、その価格協定が実施されなかつたとすれば形成されたであろう想定購入価格と消費者が現実に購入した際の小売価格との差額、価格協定の実施と現実購入価格の形成との間の相当因果関係の存在等についての主張立証の責任は、消費者において負担するものであること、多数意見において詳細に説示したとおりである。そして、現実の小売価格の形成には、経済的、社会的な幾多の要因があり、これら諸要因が複雑に競合して現実の小売価格が形成されるのであるから、想定購入価格の算出、小売価格と価格協定の実施との間の因果関係の有無等については幾多の難問が存在し、これらを消費者が主張立証することは、極めて困難な課題であるといわなければならない。しかし、不法行為法の法理からすれば、まさに右説示のとおりであつて、いまにわかにこの原則を変えるわけにはいかない。

ところで、独占禁止法は、第二五条を設けて私的独占若しくは不当な取引制限をし、又は不公正な取引方法を用いた事業者に対し、損害賠償の責任を課しているのであるが、同条の訴訟においても、損害の発生、因果関係の主張立証については、民法七〇九条による訴訟におけると全く同様のことが消費者に求められている(前掲昭和六二年七月二日第一小法廷判決参照)のであつて、やはりその主張立証は消費者にとつて容易な業ではないのである。もし独占禁止法二五条に基づく訴訟について、消費者の被つた損害の額につき何らかの推定規定を設けたならば、消費者が同条に基づく訴訟を提起することが容易となり、同条の規定の趣旨も実効あるものとなるであろうと考えられる。たとえば、事業者に対し、価格協定において定めた値上げ額を基準として、一定の方式をもつて算出される額を損害額と推定し、その賠償を命ずるが如きである。その算出方式については、立法過程における十分な検討によつて、合理的な方式が見出されるべきものである。そのようにして、はじめて同条による訴訟が容易となり、独占禁止法の精神も実現されることになるであろう。そして消費者の被つた損害の額について右のような推定規定をもつことによつて、同条による訴訟が容易になるとするならば、消費者は民法七〇九条による訴訟を選んで困難な主張立証の責任を負うよりは、むしろ独占禁止法二五条の訴訟を選択することにより、その目的を達成することができるようになるものと思料する。

裁判官香川保一の意見は、次のとおりである。

私は、結論において多数意見と同じであるが、その理由については、次のとおり異にする。

独占禁止法二五条は、同法にいう私的独占若しくは不当な取引制限又は不公正な取引方法を用いた事業者(以下これらの方法を用いた事業者の行為を「違反行為」という。)は、被害者に対しいわゆる無過失損害賠償責任を負うものとし、その被害者には、違反行為に基づく事業者との直接の取引の当事者には限らず、違反行為により間接的に不利益となる取引によつて損失を受けた一般消費者等の間接の被害者も含まれるのであるが、このいわゆる無過失損害賠償責任を課することにより、間接の被害者の保護をも図るとともに、事業者の違反行為を抑止する効果を所期しているものというべきである。そして、これらの違反行為は、独占禁止法の制定により禁止され、違法とされることとなつたものであり、右の独占禁止法二五条は、従来民法七〇九条によつては不法行為とされない違反行為について、これを特殊な不法行為として損害賠償の責に任ずるものとする特別規定を創設したものとみるべきである。そして、右の損害賠償請求権に関しては、その消滅時効の規定を設ける(同法二六条二項参照)ほか、その請求権の裁判上の行使、すなわち訴訟に関し、その出訴時期(同法二六条一項参照)、管轄裁判所及びその構成(同法八五条二号、八七条参照)並びに損害額についての公正取引委員会の意見聴取について規定が設けられている(同法八四条参照)のであるが、このような趣旨に徴すれば、違反行為による損害賠償請求権に関しては、民法七〇九条の適用はなく、実体上も訴訟上も独占禁止法の規定によるべきものと解するのが相当である。

しかるところ、多数意見は、違反行為による損害賠償は、民法七〇九条による一般の不法行為の損害賠償としても請求することができるものとして、必ずしも独占禁止法二五条に基づくものとして請求することを要しないものとしているのであるが、かかる解釈は、前述したところにより果たして相当であり、妥当であるか甚だ疑問である。違反行為による損害賠償請求訴訟を事業者との直接の取引の当事者が提起する場合はともかく、間接の取引の当事者が被害者として右の訴えを提起する場合には、その損害の発生とその損害額さらには違反行為との相当因果関係が最も問題となるのであるが、民法七〇九条に基づく請求である限り、同条の不法行為一般の法理に従つて、主張、立証がなされなければならず、確定審決による推定力も多数意見のとおり自らいわば弱いものとならざるを得ないのも当然であり、審決の存しない場合はもちろん、確定審決の存する場合でも、損害の立証は極めて困難というよりも殆ど不可能であろう。

これに反し、違反行為による損害賠償は、すべて独占禁止法二五条に基づいてのみ請求し得るものと解すれば、立法的には必ずしも充分の措置が講ぜられていないことは否定し難いけれども、民法七〇九条のいわば特則的なものとして、合理的な解釈により右の立法的不備を補い、当該損害賠償制度の趣旨に相応する運用をなし得るのである。裁判所は、独占禁止法八四条一項の公正取引委員会の損害額についての意見聴取の義務付けの法意に則して、同委員会のより適切な意見提出が励行されるならば、その意見を尊重すべきであるが、本件のように違反行為が価格値上協定である場合には、事業者の反対証明がない限り、最小限その協定による値上額相当の損害が違反行為により生じたものとするのが相当である。

以上のとおり、違反行為による損害賠償請求については、独占禁止法二五条に基づく請求のみによるべきものであつて、一般の民法七〇九条に基づく本件請求は、実体法上理由がないものとして棄却すべきものと解する。

(裁判長裁判官 島谷六郎 裁判官 牧 圭次 裁判官 藤島 昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

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